画期的な構造を持つ鍵盤“全音配列鍵盤”を採用したシンセサイザー、tokyo yusyo Inc. Whole Tone Revolution。発表されるやいなや国内外で大きな反響を呼び、著名アーティストもレ コーディングやライブで使用するなど、現在最も注目度の高い製品のひとつと言えそ うだ。今月から3回連続でお届けするこの企画では、演奏面の特徴を中心に、このWh ole Tone Revolutionの魅力を隅々まで紹介していく。まず第一回となる今月は、Whole Tone Revolutionの開発者でtokyo yusyo Inc.の武藤憲孝氏に、全音配列鍵盤誕生の経緯などについ てお話を伺った。


白鍵や黒鍵という考え方を持たない
Whole Tone Revolutionの全音配列鍵盤


Whole Tone Revolution(以下whole Tone)は、白鍵や黒鍵といった区別がない“全音配列鍵盤”を採用されていますね。 そもそも、この鍵盤はどのような発想から生まれたものなのでしょうか?

私たちは、以前から「移動ド楽器」を作りたいというアイディアを持っていました 。「移動ド」や「固定ド」といった言葉は、皆さんもどこかで聞いたことがあるでし ょう(脚注参照)。これを楽器に当てはめると、既存の楽器のほとんどは固定された 音階を持ついわば「固定ド楽器」であるといえます。つまり、ある調に最適化された 構造を持っているわけですね。例えば、ピアノなどの鍵盤楽器ではハ長調が最も弾き やすい形にデザインされているので、ピアノでハ長調の「ドレミファソラシド」を弾 くには、「ド」の位置から白鍵を順番に押さえていけばいいわけです。しかし、半音 上げただけの嬰ハ長調で同じ音階を弾こうとすると、どうでしょう? 途端に難しく なると思いませんか?

確かに「ドの♯、レの♯、ファ、ファの♯」といった具合に白鍵と黒鍵が混じるの で、初心者が直感的に弾くのは難しいかもしれませんね。

つまり、ピアノは同じフレーズでも調が変われば運指も変わってしまう。コードを 押さえる場合でも、ハ長調と他の調では同じ1度のメジャー・セブンスでも押さえる 手の形が異なるわけです。これは、音楽を演奏/理解することを難しくしている原因 のひとつだと思うんですよ。


そこで、「移動ド楽器」という考え方が登場するわけですね。

そうです。例えば「歌う」という行為において、キーを変更することは特に音楽を 勉強していなくても比較的だれでも容易にできますよね。それと同じように、鍵盤楽 器でも「すべての調を同じように演奏できる楽器は作れないだろうか?」と考えて生 まれたのがWhole Toneなんです。Whole Toneはすべての調において“同じ運指”“同じコード・フォーム”で演奏できます。 図1を見ていただければ分かる通り、各鍵盤は横方向には全音、斜め方向には半音の 関係になるように配置されていて、例えば、ハ長調でドから始まるフレーズを弾いて いたとします。今度はそれを嬰ハ長調に移調したいと思ったら、単純に「ド」の右斜< め上にあるキー(ド♯)から弾き始めればいいんです。

では、コードを押さえる場合でも、手の形を維持したまま移調したい分だけズラし
ていけばいいんですね(図2)

その通りです。Whole Tone Revolutionは調に関係なくすべて同じフォームで演奏することができる鍵盤楽器なん ですよ。言い換えれば、ひとつの調をマスターすると、12の調すべてを演奏できると いうことになります。調ごとにコード・フォームを覚える必要がないので、コード・ ワークなどを学習する際にも、従来の鍵盤よりずっと少ない時間で指が記憶してしま うんです。音程を視覚的にとらえることができる 楽器を作ろうと思ったんです。

しかし、単に「どの調でも同じように弾けるようにするには?」と考えただけでは 、Whole Toneのような鍵盤の構造は思いつかないと思うですが、何か参考にされたものなどが あるのでしょうか?

特に参考にしたものはないのですが、ちょっとしたきっかけがあったんです。ギタ ー用のチューナーはご存じですよね。あのチューナーが発明されるまではどうやって チューニングを合わせていたと思いますか?

そうですね……耳を頼りに基準となるピッチとの音程差を聴き分けていた?

ええ。ただ、楽器を始めて間もない人にとってはかなり難しいことですよね。それ に、かなり音感のいい人でないと、一回で合わせることは難しい。何度も繰り返し合 わせていると、そのうち正しい音程が分からなくなることも多いですしね。

確かに、何度も繰り返しているとだんだん判断しにくくなってきそうですね。

そう。そこでtokyo yusyo Inc.は以前、音が合うと針が振れる装置を開発しました(編注: 1970年ごろにtokyo yusyo Inc.は針式チューナーの前身ともいえる装置「アジャガ」を開発し 特許を取得している)。やはり、音程の違いも目で確認した方が分かりやすいんです よ。僕はそのときに、音の距離を視覚的にとらえ、指でもその距離を正確に把握する ことができれば、音楽は簡単に身に付くのではないか?と思ったんです。で、鍵盤の 話に戻るわけなんですが、ピアノの場合は鍵盤が白鍵と黒鍵に分かれていて、ぱっと 見たときに音と音の距離が分かりにくいんですよ。そこで、鍵盤上で音と音の距離が 直感的に判断できる楽器を作ればいいのでは?と思いついたんです。直接的にはこの ことが新しい鍵盤構造の誕生につながりました。

ただ、Whole Toneは鍵盤が多く、演奏方法を覚えるのが大変そうにも見えるのですが?

でも、Whole Toneを弾いたとき、鍵盤の動きで気付いたことはありませんでしたか?

あ、そういえば、ひとつの鍵盤を押すと鍵盤が幾つか一緒に動作していましたが……。

そう、そこがポイントなんです。もう一度、図1を見てほしいんですが、Whole Toneの鍵盤は6列になっていて、1/3/5列の鍵盤と、2/4/6列の鍵盤は同じ音で、 しかもつながっているんです。ですから、実際には2列分の音程だけなんですよ。

では、なぜ6列で構成されているのですか?

確かに普通に音階を演奏することだけを考えると、2列で事足ります。が、曲を演 奏することを考えると、2列では制限が多いんです。さらに、3〜4列あれば大抵の 曲は演奏できるんですが、フォームの自由度を考えて6列構成を採用しました。とい うのも、人によって手の大きさや、弾きやすいポジションは違いますからね。


音階をクロマチックで表記し
♯や♭を使わない3線符


そういえば、Whole Tone Revolutionは譜面に5線譜以外も使うそうですね。

そうです。冒頭で説明した「移動ド」「固定ド」の考え方でいうと、5線譜は「固 定ド楽譜」ということになります。つまり、ハ長調の曲を記すのは簡単ですが、それ 以外の調では♯や♭を付けなくては表記できず、そのためにとても読みづらくなって しまいます。一方、「移動ド楽譜」として考案した3線譜(図3)は、♯や♭を使わ ずに12音音階を表記できるんです。これは、音楽の理解を早めるために有効な記譜法 だと思います。

3線譜の譜面の左側に「4」と書いてありますが、これは何のことですか?

何オクターブ目に当たるかを表しています。つまり、3線譜は1オクターブを読め れば88個(88鍵盤)の音はすべて読めることになるのです。実線が「ド」、ちょうど 中央にある点線がファ♯の位置になります。また、譜面を見てもらえば分かる通り、 3線譜は下線を加えることで12音階を表記します。ちなみに半音は、音符に斜線を引 いて分かりやすくしています。音価(音の長さ)の表記は5線譜と同じですね。

Whole Tone Revolutionを弾くときに使う譜面は、3線譜でなければいけないのですか?

いいえ。5線譜に慣れてる方はそれで大丈夫です。でも、3線譜は音楽の仕組みが 分かりやすいので、理論も早く身に付けることができるんですよ。事実、ピアノを3 線譜で勉強している方もいるくらいなんです。

Whole Toneは、どのような練習から始めればいいのでしょうか?

まず、簡単なコードを3、4個覚えることから始めるのがいいと思いますよ。次に 自分に合ったポジションを捜します。コードを押さえながら、好みのポジションを探 して、いいなと思うポジションが決まったら、循環コードを弾いて指を慣らすといい でしょう。Whole Toneが優れている点は、何よりも練習法や演奏法が簡単ということなんですよ。楽器 の経験や年齢に関係なく、だれでもすぐに演奏できるようになりますよ。

実際、どのくらい練習すれば弾けるようになるのですか?

練習時間や個人差もありますが、例えば簡単な歌の伴奏だったら、数時間程度。長 くても2日ぐらいで弾けるようになるでしょう。もし、キーが合わない場合は……。

手のフォームを変えずに、斜め方向に移動して移調すればいいんですよね。

ええ、だいぶご理解いただけたようですね(笑)。じゃあせっかくですから1曲練 習してみましょうか。


さて、Whole Toneがどんな楽器か分かってもらえただろうか。いよいよ次回から実践編。運指やコ ード・フォーム、簡単なフレーズなどWhole Toneの基礎的な演奏テクニックを紹介していこう。


※註
移動ド/固定ド:移動ドとは、すべての長調のトニック(主音)にドの名称を当ては めて、ほかのスケール・ノートに順次、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シの階名を当てはめ る読譜法。ドの名称で呼ばれる音が調によって移動するので「移動ド」と呼ばれてい る。短調でのトニックはラとして統一されている。一方、固定ドはキーにかかわりなく、「C音は常にド、A音は常にラ」といったように固有の音名で呼ぶ読譜法。